あざな悠良のよもやま話

備忘録を兼ねていろいろな情報を発信していきます。

映画『新解釈・三國志』をもっと楽しむための予備知識

f:id:azanayura:20190606164826j:image

 

2020年公開予定の映画『新解釈・三國志』のニュースが耳に入りました。

 

www.cinematoday.jp

 

監督は、『勇者ヨシヒコ』シリーズなどを手がけた福田雄一さん。

 

主演の劉備役には大泉洋さん。

 

これは、おもしろくなる予感しかないじゃないか!

 

ですが、三国志は長い長~い物語ですし、登場人物の多さも並大抵の量ではありません。

 

多少は予備知識を入れてからの方が作品をより楽しめると思います。

 

そこで今回は、映画『新解釈・三國志』を楽しむためにおさえておきたいポイントを書いてみたいと思います。

 

ネタバレありですので、ご了承ください。

スポンサーリンク

 

 

『三国志』とは

 

昔、中国に(かん)という国があり、けっこう長いこと続いていたのですが、いろいろあって衰退。

 

国内で大きな勢力を誇っていた曹操(そうそう)が、漢の皇帝から無理矢理国を譲り受け、(ぎ)という国を興します。

 

そこに、たいして兵力はありませんが、皇室の血筋をひいている劉備(りゅうび)が「漢を復興しなくては!」と、蜀漢(しょくかん)という国を興します。

 

更に、曹操には劣るものの、それなりに勢力を誇っていた孫権(そんけん)が、「なんかみんな勝手に国を作ってるから、自分も皇帝になっちゃおう」と、(ご)という国を興します。

 

これが三国と呼ばれる時代。

 

『三国志』は、この漢が衰退しはじめる西暦180年頃から、最終的には、魏に取って変わった(しん)という国が全土を統一する西暦280年頃までの約100年間のお話です。

 

そう、晋が。

 

「えっ!」て思った方もいるかもしれませんが、しょうがないんですよ。

 

だって、歴史がそうなってるんだもの。

 

そもそも、『三国志』と呼ばれるものには2種類ありまして。

 

中国の歴史上の事実を記したものを『正史』、正史を題材にした物語を『演義』と呼びます。

 

小説や映画の題材にされているのは、主に『演義』です。

 

物語ですから、こまかい部分はいろいろと脚色されているのですけれども、ストーリーの流れ自体は歴史上のできごとをなぞっているので、最後には三つとも国はなくなってしまうのです。

 

あらすじ

 

桃園の誓い

 

漢が衰退し、各地で起こる反乱を鎮圧するために国内に制圧軍の招集がかけられました。

 

むしろ(ゴザって言ってわかるだろうか…レジャーシート的なものと思っていただければよろしいかと)売りを生業とする劉備青年は、招集の立て看板を見て涙します。

 

それを見かけた通りすがりの肉屋の男。

 

「なんだなんだ、何をメソメソと泣いてやがる!」

 

石橋をたたき壊す威力の大声で肉屋にどなりつけられた劉備青年は、さめざめと胸の内をうち明けます。

 

「私は皇室の血をひく者です。反乱を鎮めたいけれど、その力が無いことを嘆いています」

 

それを聞いた肉屋の男。

 

「おれは張飛(ちょうひ)ってんだ。それならおれが金を出そうじゃないか」

 

そこに関羽(かんう)という男も加わり、まずは三人、義兄弟の契りを交わすことになります。

 

さて、なんとか人や武器をかき集め、軍隊を編成した劉備たちは、制圧軍に加わるべく都へと向かいます。

 

導入部としてはこんな感じ。

 

て言うか、劉備青年、初対面の人間にいきなりベラベラと「僕は皇帝の親戚です」なんてにわかには信じがたい話をよくしたよね。

 

そして、張飛もよく信じたよね。

 

しかし、『三国志』においては、そういうツッコミをしてはいけません。

 

いや、してもいいけど、していると物語においていかれます

 

見はじめたら、とりあえずはついていくことだけを考えましょう。

 

ツッコミを入れるのは見終わった後のお楽しみです。

 

その後の劉備軍ですが、反乱鎮圧でけっこうな手柄を立てたにも関わらず、中央政府にコネが無いのでたいして評価してもらえません。

 

彼らは義勇軍。

 

つまり、ボランティア。

 

それでも知り合いにぼやいたのが功を奏し、地方の警察署長的な役職を与えられたので、劉備青年は喜んで赴任します。

 

赴任先では義兄弟三人で平和に過ごしていましたが、ある日、中央政府から視察に訪れた役人に賄賂を要求され、張飛がブチキレてしまいます。

 

役人を木に縛りつけて木の枝でビシビシぶったたく張飛を、劉備は止めるものの、「もうこんな仕事はお断りだ」と故郷へ帰ってしまいました。

 

劉備青年、ふりだしに戻る。

 

こうして劉備が地元でくすぶっている最中、中央政府では皇帝が亡くなり、お家騒動が勃発します。

 

打倒董卓

 

まずは前皇帝の息子のうち、ボンクラなお兄ちゃんの方が帝位を継ぎますが、こいつじゃダメだ、と賢い弟の方を担ぎ上げたのが董卓(とうたく)という男。

 

弟が皇帝になると、董卓は目に余る傍若無人なふるまいをはじめます。

 

こいつをなんとかしないとヤバい、と曹操が董卓暗殺を企てますが、見事に失敗

 

曹操青年、逃亡しますが、ころんでもただでは起きないのがこの男。

 

逃亡先で力を蓄えた曹操は、各地に「みんなで一緒に董卓倒そうぜ!」と手紙を送りまくります。

 

その知らせを耳にした劉備たちも曹操のもとに駆けつけました。

 

董卓のいる都に曹操たちの連合軍が攻撃をしかけますが、勝敗はなかなか決しません。

 

何故なら、董卓のそばには武力に秀でた呂布(りょふ)という武将がいるからです。

 

董卓を倒すには、呂布を引き離すしかない。

 

そう考えた皇帝の臣下の一人が、自分の家で手塩にかけて育ててきた美女を送りこみます。

 

男2人に美女1人。

 

臣下の思惑通り、董卓と呂布は仲たがいをし、董卓は呂布の手にかかって命を落としました。

 

戦は続くよどこまでも

 

董卓亡き後、最終的に都での実権をにぎったのが曹操でした。

 

若い頃は「董卓をなんとかしないと」と思ったはずの彼も、結局は皇帝をないがしろにします。

 

さて、その頃の劉備ですが。

 

董卓討伐戦の時にもけっこうな活躍をして、今では曹操に擁護(というよりも利用)されている現皇帝にもお目通りがかない、「あなたは私の親戚なんですね」とまで言わしめたのに、土地も金も無い流浪の身。

 

遠い親戚のお金持ちのお世話になりながら、我が身の情けなさを嘆いておりました。

 

自分に足りないのは何なのか。

 

ぶっちゃけ、呂布のような武力も、曹操のようなチャンスをつかむ手腕も無い。

 

もともと南を拠点にしていた孫権が地道に勢力を拡大しているけれども、彼のような太い実家も無い。

 

あるのは謎のカリスマ性ばかり。

 

でも、そのカリスマ性のおかげで、武将も文官も自分についてきてくれている。

 

そんな劉備、ある時、こんな助言を受けました。

 

「それらの人材を使いこなす人物をお求めなさい」

 

それってつまり、劉備には使いこなせてないということではないのだろうか。

 

この失礼な助言に、なるほどごもっとも、とうなずき、劉備はその人物を探しはじめます。

 

ようやく出てきた「三つの国」

 

紆余曲折ありながらも、当代最高の軍師として名をはせることになる諸葛孔明(しょかつこうめい)という人材を得ることに成功した劉備。

 

諸葛孔明は劉備に語ります。

 

「曹操は皇帝を擁しており、なかなか勝てる相手ではない。孫権には肥沃な土地がある、これは味方につけるべきです。あなたは、彼らがまだ手に入れていない土地を手に入れ、そこを拠点となさい。まずは天下を三分し、足場をかためるのが得策です」

 

さぁ、ようやく三国志的なワードが出てまいりました。

 

物語スタートから約30年が経過、長かった。

 

しかし、まだ机上の空論でしかありません。

 

ちなみに、勢力図としては、国土の北側、全体の50%ほどを曹操、南の30%ほどを孫権がにぎっています。

 

彼らの勢力外とは、南西に位置する20%ほどの土地のこと。

 

「ええと、その土地って、(今居候しているのとは違う)親戚が治めてるんだけど…」

 

「天下のためですよ」

 

目的のためには手段を選ばない傾向のある若干危険な人物を軍師として迎え、念願かなったと喜んだのも束の間。

 

劉備が居候をしている土地に、曹操が軍をすすめてきます。

 

天下統一ができるような英雄は、この世に自分と劉備のみ。

 

そう思っている曹操が劉備討伐を目ろむのは当然のことでした。

 

よくわからんのは、なんでまた劉備をそこまでみこんだかっちゅうことなんですけどね…。

 

ともあれ、争うものの、かないきれず、敗走を余儀なくされる劉備軍。

 

そこへ、住民たちが声をそろえて言いました。

 

「私たちはどこまでも劉備様へついていきます」

 

本当になんなんだ、このカリスマ性は…。

 

そこまで言ってる者たちをおいては行けないよ、と住民を引き連れての大移動を強行する劉備軍ですが、当然、曹操軍に追いつかれ、多数の犠牲者が出てしまいました。

 

メインイベント「赤壁の戦い」

 

逃げのびはしたものの、兵力ダウンした劉備軍。

 

諸葛孔明は劉備に進言します。

 

「孫権に軍を出させましょう。私が言いくるめてきますから」

 

彼は単身、孫権のいる拠点へと向かいました。

 

さて、孫権と曹操も微妙な関係です。

 

孫権としては、皇帝を擁している曹操に対し、表立って逆らおうとはしてきませんでした。

 

しかし、天下を統一したい曹操にとっては、孫権だって目の上のたんこぶです。

 

今回、劉備が孫権の拠点の近くに逃げのびたのをこれ幸いと、「劉備を討伐しろ。逆らえばおまえも滅ぼすぞ」と孫権に手紙を送ります。

 

兵力は圧倒的に曹操軍の方が上ですし、逆らえば、宣言通り、容赦なく自分たちをも滅ぼすでしょう。

 

かと言って、曹操の言うことを聞いたからといって、身の安全が永遠に保障されるわけではありません。

 

自分の土地も持たない、しょぼい軍力にも関わらず、何故か名前だけはめっちゃ売れている劉備という存在に曹操がこだわっているからこそ、現在のあやういパワーバランスは保たれているのです。

 

劉備がいなくなったら、確実に次は自分だ。

 

孫権は迷います。

 

そこへ諸葛孔明がやってきたわけです。

 

ぐらぐらと迷う孫権を前に、諸葛孔明は舌先三寸を駆使し、見事、孫権に曹操と戦う決意をさせました。

 

南下してくる曹操軍と、迎え撃つ劉備・孫権の合同軍は、赤壁という地で対峙します。

 

勝敗の行方やいかに。

 

話はまだまだ続く

 

ここまであらすじというにもほどがある、かなりのダイジェスト版でストーリーを書いてみましたが、だいたいこれで物語全体の半分程度、といったところでしょうか。

 

この後は、赤壁の戦いに決着がつき、劉備が南西の拠点を手に入れて、ようやく魏・呉・蜀の三国が鼎立し、三国時代がはじまるのです。

 

劉備・曹操・孫権というトップ3人ががっつりからみあうのって赤壁の戦いくらいなので、すごく盛り上がるんですけど、実はまだ三国鼎立してないんですよねぇ…。

 

続きが気になる方は、ぜひ映画公開前に、マンガや小説で作品の世界にふれてみてくださいね。

 

主な登場人物

 

 劉備

 

姓は劉、名は備、字(あざな)は玄徳(げんとく)。

 

字というのは、この時代、名はその人の本質に関わるものであり、軽々しく呼んではいけないものとされていたため、それに代わる呼び名として使われていたもの。

 

作品中、ほとんどの人は姓 + 名で呼ばれているが、一部、姓 + 字の人もいるので、念のため。

 

身長は7尺5寸、この時代の1尺は24cmくらいなので、約180cm。

 

腕の長さはひざ下まで届き、耳は肩にたれ、自分で自分の耳を見ることができたとか。

 

皇室の流れをくむ血筋と謎のカリスマ性を武器に、一介のむしろ売りから蜀の皇帝にまでのぼりつめた人。

 

ちなみに、彼の祖先とされる人は、子どもが50人以上、孫は120人以上いたという。

 

武力に秀でた関羽、張飛、趙雲などの武将や、名軍師と言われる諸葛孔明などの配下を持つも、わりと負け戦続きで、世に出てから蜀を建国するまで居候ばかりしている。

 

三国志において、国の名前は魏・呉・蜀と呼ばれることが多いけれども、彼の国の正式名称は蜀漢。

 

これは、彼の願いが、例え建前であったとしても、漢という国の復興が第一であったから。

 

赤壁の戦いの際に孫権と同盟を結び、彼の妹を嫁にもらうも、拠点として借りた土地をそのままパクり、険悪な仲となる。

 

この借りパク事件が原因の戦で関羽を亡くし、「弔い合戦だ!」と息巻いて出陣するも、戦下手が災いして大敗。

 

悲願である漢の復興を成すことなく、失意のうちに63歳で病に倒れる。

 

曹操

 

姓は曹、名は操、字は孟徳(もうとく)。

 

身長7尺(約170cm弱)。

 

身長と、宦官の孫であることが最大のコンプレックス。

 

ちなみに宦官というのは、皇帝の奥さんたちが暮らす後宮で仕事をしている高級官僚で、男性器を切除している人のこと。

 

宦官は当然、子どもを作ることができないので、金とかコネとかが目当てで曹操の父が養子になったと言われている。

 

曹操は、血筋や家柄がものをいう時代において、才能さえあれば出自に関係なく配下にしたというが、そういうコンプレックスも関係していたのかもしれない。

 

それにしても、才能に弱い。

 

戦場でいい働きをすると、それが敵の武将でも「あいつ、すげぇから倒しちゃダメ!」と配下に命令してしまう。

 

自他共に認める関羽のファンで、自分の配下を倒されても許してしまうメロメロぶり。

 

女好きとしても有名で、女にかまけて負け戦をかましたり、赤壁の戦いの出陣理由の一つが、実は呉にいる美女を手に入れたかったからだとか、エピソードてんこ盛り。

 

魏を作った人と思われがちだが、実際に魏が国として成立したのは、彼の息子の時だったりする。

 

65歳の時に持病の頭痛が悪化し死去。

 

孫権

 

姓は孫、名は権、字は仲謀(ちゅうぼう)。

 

字の豆知識として、長男は伯、次男は仲という字が使われることが多い。

 

その名の通り、次男坊。

 

容姿については、口が大きく、あごが角ばり、紫の髭に碧い目という、異民族的な特徴を持つ。

 

董卓討伐には親父が参加、その後を長男である兄が継ぎ、君主としては三代目。

 

劉備、曹操よりも3回りほど年若く、周りの配下は先々代、先代からの古参ばかり、という永遠の若造扱い。

 

勝ったり負けたりをくり返しながらじわじわと地道に勢力を拡大するという、パラメータ的には一番バランスが取れた人物と言える。

 

赤壁の戦いにおいて曹操につくか劉備につくかで迷いに迷い、劉備側につくという大バクチをかまして大勝利をおさめるも、うっかり妹を劉備に嫁にくれてやったり、あげくに貸していた土地までパクられるという散々ぶり。

 

魏や蜀の建国に対抗して呉を興すも、その後、魏に降伏。

 

呉王に封ぜられ、81歳の長寿を保つが、跡取りを決める際にだだをこねまくって国を混乱させることになる。

 

諸葛孔明

 

姓は諸葛、名は亮(りょう)、字は孔明。

 

珍しい2文字姓な上に、姓 + 字の方が有名という作品中稀有な人。

 

文官だが、身長8尺(約190cm強)で、そのへんの武将よりもよほど大きい。

 

ビジュアル化された作品の中では、よく羽扇を持たされている。

 

天才的な軍師として後世まで名をはせるが、作品を読む限りでは、戦で見事な大勝利をおさめるというイメージはそれほど無く、連弩(れんど。連発式の弓矢)だの饅頭(肉まん)だのを開発しており、どちらかと言えば発明家と言う方がしっくりくる。

 

後継者になかなかめぐまれず、手塩にかけた部下が大ポカをかまして魏に大敗したことも。

 

どうしても自分の後継者がほしかったのか、目当ての人物を魏の中に見つけると、そいつを自軍にひきこむためにあの手この手で陥れる姿にはちょっと寒気すら感じる。

 

劉備亡き後、ひたすら魏に戦をしかけるもかなわず、54歳で戦陣にて没する。

 

関羽

 

姓は関、名は羽、字は雲長(うんちょう)。

 

三国志をビジュアル化した作品は数多あれど、この人の外見だけは確実にブレない。

 

誰が、いつの、どの作品を見ても、彼だけは必ず特定できると断言できる。

 

身長9尺(約216cm)、髭の長さ2尺(約50cm弱)。

 

顔は熟した柿のよう、ということで、彼の像はたいがい顔が真っ赤っか。

 

中華街には関帝廟というのが必ずあるが、あそこに祀られているのが、死後に神様扱いされるようになったこの人。

 

無名の劉備に仕えはじめ、義兄弟として生涯忠誠を尽くすが、58歳の時、赤壁後の借りパク事件が元となり、孤軍奮闘むなしく呉に討ち取られてしまう。

 

張飛

 

姓は張、名は飛、字は翼徳(よくとく)。

 

関羽と共に、義兄弟として劉備に仕え続けた忠臣。

 

まん丸目玉に虎髭が特徴。

 

良くも悪くも素直で、物事をあまり深く考えないところがあるが、そうでなければ、おそらく劉備との出会いをスルーしてしまい、三国志ははじまらなかったに違いない。

 

腕っぷしは三国志随一と言われる呂布にも引けを取らないが、酒癖が悪く、それが原因で拠点を敵に奪われたことがある。

 

でも、なんか憎めない。

 

55歳の時、赤壁後の借りパク事件で関羽が討たれた際に、「兄貴の弔い合戦だ、三日で軍全員分の喪服を用意しろ!」と部下に無茶ぶりをしたことによって寝首をかかれてしまう。

 

趙雲

 

姓は趙(ちょう)、名は雲(うん)、字は子龍(しりゅう)。

 

劉備軍が住民引き連れての大移動をしていた際、曹操軍に追いつかれた乱戦の最中、たった一人で戦場を駆け抜け、劉備の息子を守りきった無双の男。

 

ただし、せっかく守ったその息子、「おまえのせいで趙雲がヤバかったじゃないか!」と劉備に放り投げられてしまうのだけれども。

 

生まれ年が不明のため、この戦いの時の彼の年齢もはっきりとはわからない。

 

が、劉備亡き後の最後の戦に出陣する彼は70歳という設定らしいので、逆算するとアラフィフということになる。

 

けっこう活躍するキャラクターにも関わらず、最後は死因も不明で、いつの間にか表舞台から去ってしまった謎の人。

 

周瑜

 

姓は周(しゅう)、名は瑜(ゆ)、字は公瑾(こうきん)。

 

孫権の兄の代から仕えている上、その兄と義兄弟でもあるという、孫権にとって頼れる存在。

 

文武両道な上にイケメン。

 

それは本人も自覚していたらしく、有名な美女を妻にむかえた時も、「自分を伴侶にできたんだからお互い様だよな」的なことを言っている。

 

諸葛孔明をライバル視しており、赤壁で同盟を結んでいる最中にも、あわよくば始末しようと画策する。

 

が、ことごとく失敗に終わり、「なんで自分はあいつと一緒の時代に生まれちゃったんだよ!」と言い残し、36歳という若さで憤死する。

 

董卓

 

姓は董、名は卓、字は仲穎(ちゅうえい)。

 

棚からぼたもちのようなチャンスをものにしてトップに昇りつめるも、非道なふるまいが多すぎて人々から恨まれまくる。

 

その非道のレベルがとにかく本当にひどく、人間の悪役というよりも、宇宙人の侵略とかに近くて、たまたま通りかかった村一つを滅ぼす、とか、そんな感じ。

 

武力ナンバー1の呂布を養子にして向かうところ敵なしに思えたが、その呂布に、美女をめぐってのいざこざで討たれてしまう。

 

亡骸のへそに芯をさして火をつけたら三日三晩燃え続けた、という逸話があるくらいの肥満体。

 

生まれ年が不明なので、享年も不明。

 

彼が幼い皇帝を擁してから約3年後のことだった。

 

呂布

 

姓は呂、名は布、字は奉先(ほうせん)。

 

押しも押されもせぬ三国志一の猛将で、その強さは、劉備、関羽、張飛を相手どり、3対1でも負けないほど。

 

ただし、志は高くなく、恩を仇で返してばかり。

 

最初に仕えていた相手は義理の父親だったが、呂布の強さに目をつけた董卓からのスカウトにあっさりうなずき、義父の首を手土産に寝返った。

 

そうして仕えた董卓も、結局、女が原因で裏切ることになるわけで。

 

しかも、行くあてがなくてころがりこんだ劉備の拠点を、劉備たちが留守にしている間に奪い取ってしまう、という徹底ぶり。

 

やりたい放題の俺様人生をつっ走るも、最後は曹操につかまり、「俺様は強いぜ、配下にしろよ」と売り込むが、「おまえ、すぐ裏切るじゃん」と処刑されてしまう。

 

生まれ年不明だが、活躍の時期などから考えると曹操と同年代あたりというのが妥当ではないかと思うので、享年は40歳過ぎくらいではなかろうか。

 

ちなみに身長は1丈(24cm × 10)もあり、関羽よりも更にでかい。

 

映画の見どころを予想する

 

いや、もう単純に、この記事のあらすじを読んで多少なりとも興味がわいたという人であれば楽しめる内容になるのではないか、と思っています。

 

高貴な血を受け継ぎつつも、市井にうもれて暮らしていた一人の青年が、ある日突然軍隊を作り、大勝もせず…と言うか、どちらかと言えば負けることが多く、ふらりふらりと人の世話になりながら、それでも最終的には一国の皇帝にまで昇りつめる。

 

ひたすら愚痴と不満をはきながら。

 

この、ぼやく劉備というのが「新解釈」ならでは、だと思うので、そこを楽しみにしておきたいと思いますね。

 

『水曜どうでしょう』とか『SWEET三国志』とかお好きな方ならイチコロじゃないでしょうか。

 

 

今から公開が楽しみです。